無痛分娩中に、子宮収縮薬(オキシトシン)投与、吸引分娩・クリステル胎児圧出法が施行されましたが、娩出できなかったため、急速遂娩(帝王切開)に切り替えましたが、出生した児が出生後に脳性麻痺となり死亡しました。
死亡した児のご両親は、当初、他の法律事務所の弁護士さん(A弁護士さん)に依頼し、提訴しました。ところが、この事案について審理した京都地裁は、原告であるご両親の請求を棄却しました(京都地裁平成30年3月27日判決)。1審は、オキシトシン投与についての注意義務違反など、胎児への血流を遮断し、低酸素となる可能性がある過失を認めながらも、過失と脳性麻痺との因果関係を否定したのです。
ご両親は、この判決に不服でしたが、A弁護士さんに控訴審をお願いすることに不安を感じ、当法人の弁護士に依頼することになりました。
当法人の担当弁護士が、1審の判決内容を検討したところ、過失と死亡との間の因果関係を否定した判断には、@出生前後の経緯(チアノーゼ、酸素吸入、神経症状等)を考慮せず、分娩中の低酸素が脳性麻痺の原因になり得ると判断するために広く用いられる米国産婦人科学会の産科臨床委員会の基準(ACOGの基準)を機械的に適用していること、A脳性麻痺のうち分娩中の低酸素が原因であるものが約1割という統計を重視していること、B画像所見の変遷を具体的に検討せず、また脳室周囲白質軟化症(PVL)の出現時期は虚血状態から2週間という不確実な知見を機械的に当てはめていること、という問題点がありました。
そこで、これらの問題点について協力医の意見を求めたところ、出生の経緯や新生児低体温療法の適応基準などからACOGの基準を満たしていたことが強く疑われる、低酸素からPVLまで必ず2週間かかるわけではなく、児の画像所見からすると出生時の低酸素が疑われるなどの当職の主張を裏付ける意見をいただくことができました。
また、担当弁護士が脳性麻痺のうち分娩中の低酸素が約1割とする統計情報に関する日本国内の報告例を調べたところ、脳性麻痺106症例について検討し、@分娩時仮死13症例、A早期産児PVH19症例、B脳出血14症例、C脳梗塞15症例、Dウイルス感染7症例、E遺伝障害・脳発達障害37症例、F原因不明1症例としたものでした。本件では、B〜Eが考えられるものではなく、これらは除外できるので、このデータはむしろ病院の過失により児の脳性麻痺が生じたことを裏付けるデータといえるものでした。担当弁護士は、以上の検討結果をまとめ、控訴理由書として提出しました。
審理の結果、控訴審裁判所は、出生直後の低酸素所見は認められると考えているなど、事実上患者側の勝訴を示唆する心証を開示しました。そして、裁判所の提示した医師有責を前提とする7400万円で訴訟上の和解が成立しました(うち1560万円は産科医療保障制度による填補)。
この事件を振り返って特に指摘しておきたいのは、統計資料の位置づけです。統計資料は、いわゆる不作為型医療過誤(医師が適切な診断・治療を怠ったため患者が病死したようなケース)では重要な証拠資料になりえますが、医師が現実に行った医療行為(医的侵襲行為)によって結果が生じた作為型医療過誤では証拠価値は低いのです。
本事案では、無痛分娩というリスクのある侵襲的分娩方法が実施されているので、作為型に該当します。脳性麻痺のうち、分娩中の低酸素が原因であるものが1割程度に過ぎないという統計資料があったとしても、これは、あくまでも適切に分娩が行われていることを前提とした合併症の発症率に関するもので、不適切な医的侵襲行為があった場合の発症率ではありません。言うまでもなく、リスクのある医的侵襲行為が不適切な態様でなされれば、低酸素等の重大な結果が発生するリスクは増大するはずですので、この統計資料は使えないのです。
これについては、八木一郎最高裁調査官が詳しく解説しています(最高裁判所判例解説・民事編平成11年度上巻、143頁参照)。したがって、本事案のように、無痛分娩という医的侵襲行為が行われている作為型で、統計資料を根拠に因果関係を否定するのは間違いなのです。1審の京都地裁の裁判官は、このことを理解していなかったと思われます。もちろん、1審で敗訴したA弁護士さんも同様です。
いずれにせよ、他の法律事務所の弁護士さんが敗訴した事案を逆転勝訴的和解で終結させられたのは、大変名誉なことであります。