No.001 医療事故調査制度と医師法21条・異常死について

弁護士 金ア 美代子

 

(1)医療事故調査制度

 

医療事故調査制度が開始されてから、既に様々な問題点が浮き彫りになっている。厚生労働省は、当初、医療事故の年間件数を1300件〜2000件と推計していたが、本制度に基づく医療事故の報告は、400件弱に過ぎない。その原因として、以下のような点を指摘できる。

 

第1に、本制度は、全ての医療事故を調査対象としておらず、「予期しない患者の死又は死産」に限定している。そもそも、調査対象となる医療事故を制限しているのであるから、報告件数が少なくなるのは当然であると言える。
また、多くの医療過誤は予期できるとも言えるので、本制度が対象としている予期しない死とは、医療過誤性が全くない不慮の事故に限定されると解釈することもあながち不合理とは言えない。

 

第2に、この「予期しない死」の判断は、事故が発生した医師・医療機関の判断に委ねられている。

 

前記のとおり、予期しない死は幅広い解釈の余地を残し、例えば、薬剤の取り違いはしばしが起こりうるので予期できると当該医療機関が判断すれば、報告の必要はなくなることになる。そうなると、面倒な事件に発展することを懸念すれば、医療機関も報告には消極的にならざるを得ない。

 

第3に、人的・物的資源の制約から、この制度に基づく医療事故調査は、事故が発生した医療機関によって行われ、自ら報告書を作成することになっている。要するに、第三者機関である医療事故調査・支援センターが主体となって調査する制度ではないため、報告書の信頼性について一定の限界を有している。

 

第4に、この制度によって調査された結果は、センターに対する報告書の提出だけにとどまらず、遺族にも説明しなければならないものとされている。この制度は、元々、不当に責任追及されることがない制度であることが前提という医療機関側の認識の下で制度構築されたという経緯があるが、遺族への説明は医療紛争に発展する大きな契機を含んでいる点で矛盾を抱えている。

 

第5に、本制度の対象と為なる「予期しない死」が、同時に医師法21条の「異常死」にも該当する場合には、医師は、自己に刑罰が科される可能性がある医療事故について、調査・報告する義務を負いかねない。そうなれば、当該医師及び同人が所属する医療機関も、本制度の活用には消極的にならざるを得ない。

 

そもそも、医療事故の再発防止と遺族への手当てという制度目的は、一見両立するようにみえて、二律背反的な要素を孕んでいる。医療事故の再発防止に反対する医療機関はないと思われるが、医療紛争に発展することには基本的に反対のはずだからである。

 

そこで、医療事故の再発防止を主眼とした制度と、遺族への説明・補償を目的とした制度は、別個に構築する必要があると考える。具体的には、医療事故の再発防止を目的とする制度については、医療事故調査の対象を予期しない死に限定せず、医療過誤が疑われる医療事故を全て対象としたうえで、遺族への説明・報告を不要とするとともに、当該医療機関とセンターにおいて、報告書の秘密性を保障したものとする。

 

同時に、刑事訴追につながることがないようにするために、業務上過失致死罪等の刑罰法規の改正も必要となろう(この点は、医師法21条との問題と合わせて後述する)。他方で、遺族への説明や補償を目的とする制度に関しては、産科医療補償制度を参考にして、医療紛争に発展することがないように配慮した制度構築が必要となろう。

 

(2)医師法21条

 

医師法21条は、「医師は、死体又は妊娠4ヶ月以上の死産児を検案して異常があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と規定している。

 

医師にとって、医療過誤が疑われる場合、医療過誤の介在は病死とは言い難いことから、これを異常死と捉えて、警察署への届出義務があると誤解される傾向があるが、それは法文の解釈の誤りである。

 

同条は、「検案して異常があると認めたとき」と規定し、全ての異常死について届出義務を課しているわけではない。そもそも、この規定の立法趣旨は、例えば路上で倒れている人が病院に搬送された場合、事件性も否定できないことから、これを検案し、異常を認めたときに医師に届出義務を課し、警察の捜査の端緒とすることを目的としている。要するに、直接的には医療過誤の捜査が目的ではなく、犯罪捜査の手がかりのひとつとしたのである。

 

このような趣旨から、判例上は「死体の検案とは、死因を判定するために医師が死体の外表を検査することをいう」と理解されている(東京高判平成15年5月15日)。例えば、病院に搬送され死亡した人を検案したところ、首を絞められた痕がある、鈍器のようなもので頭部を殴られた痕がある、刺し傷がある、などといったケースが典型的である。

 

これらの異常性は死体の外表から認識できるからである。このような観点からすると、日本法医学学会の異常死ガイドラインが、「診療行為に関連した予期しない死亡、およびその疑いがあるもの」について届出義務が発生する異常死としているのは不正確である。

 

しかしながら、これらの典型例から医療過誤の疑いがあるものは含まれないと解釈してはならないことに注意が必要である。法文上はあくまでも、死体の外表から異常を認めるものについて届出義務を課しているので、医療過誤が疑われる場合であっても、死体の外表に異常を認めれば届出義務が生じるからである。実際に先に紹介した東京高裁判例も、看護師が生理食塩水と誤信して、消毒液を点滴投与してしまった事例であり、医療過誤が問われる事例であったが、医師に有罪判決が下されている。

 

ところで、同条が定める異常死と医療事故調査制度が対象としている医療に起因する予期しない死は、同義ではないが重なる場面が出てくる。例えば、医療に起因する予期しない患者の死で、かつ死体の外表から異常を認める場合には、医療事故調査制度の対象ともなるし、医師法21条にも該当することになる。

 

そうすると、医師は、自己に有罪判決が科されるかもしれない症例について、警察署への届出義務を負うばかりか、医療事故調査・支援センターへの報告義務も課されることになる。そうなると、医師は、業務上過失致死罪として自らが裁かれるおそれがある症例について、詳細な報告書を作成することを余儀なくされる。これでは、医療事故調査制度の普及を大きく妨げる結果となってしまう。
そこで、極めて悪質な事例を除き、医療過誤による死亡事案は、原則として業務上過失致死罪に該当しないとする法改正が望まれる。

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