医療裁判の判例集/No.024-MRSAによる院内感染の医療事故(大阪地判H13・10・30)

病院内では患者が新たに感染症に罹る危険が高いこともあり、医療機関にはその防止が求められます。今回は、MRSAの院内感染により化膿性髄膜炎を発症し、結果死亡するに至った医療過誤の事案で、感染について医療機関の過失を認めた裁判例をご紹介します。

 

MRSAは、黄色ブドウ球菌の一種で、メチシリンという抗生物質に耐性を持つ多剤耐性菌です。このMRSAは院内感染の主要菌とされています。

 

なお、本判例では脳腫瘍(髄芽腫)の発見の遅れや説明義務違反、体力低下・副作用に対する処置についても争点となりましたが、以下、MRSA感染についての過失及び死亡との因果関係について取り上げます。

 

大阪地判H13・10・30判タ1106号187頁

 

<事案の概要>

 

平成7年10月7日 

 

当時3歳のAは、微熱・咳嗽・鼻汁・喘鳴・嘔吐により、被告病院小児科救急外来を受診した。医師は、気管支喘息と診断し、その後内服薬処方、輸液、吸入等の措置が施されたが、症状は良くならなかった。

 

平成7年12月6日 
頭部CTが実施され、小脳虫部に腫瘍、上方に転移性腫瘍、水頭症が認められ、疾患が髄芽腫であることが判明した。

 

同月11日

 

脳腫瘍摘出術が実施された。
医師らは、腫瘍を摘出後、人工硬膜にて硬膜補填を行い、密に縫合して、さらにフィブリン糊を塗布し、筋肉、筋膜を多層に縫合した。

 

手術後、Aに対する個室管理が行われ、病室出入りの際の手指消毒、両性界面活性剤による環境消毒が行われることになった。

 

同月18日

 

全抜糸が施行されたが、創部汚染は見られなかった。
同月22日以降 

 

創部最下端より髄液漏が見られたので、同部が再縫合されたが、髄液漏は停止しなかった。

 

髄液漏れの際、Aのパジャマの襟元及び同部を覆うガーゼが濡れて、ガーゼが剥がれ、患部がむき出しになることがあった。
このため、両親は、被告病院の看護婦らに対し、ガーゼをきちんと固定するよう求めたが、ガーゼによる被覆及びガーゼを固定する処置が十分ではなく、その後、看護婦がガーゼを交換してバンソウコウで固定する等の処置が何度か繰り返された。
その際、被告病院の看護婦らは、必ずしも十分に手指の消毒をせず、ドアノブやべッドの器具等を触ったままの手でガーゼの交換を行う等したことがあった。

 

同月24日

 

化膿性髄膜炎と診断された。

 

同月26日

 

症状は改善せず、MRSAが検出された。抗生剤はVCM(抗MRSA薬)に変更され、しばらくMRSAの治療が継続された。
平成8年1月16日 

 

髄芽腫に対する化学療法(当初同7年12月25日に予定されていた)が実施されたが、症状が悪化し、

 

同年3月10日 

 

死亡した。

 

<裁判所の判断>

 

1、脳腫瘍摘出手術後、髄膜炎(MRSA)に感染させた過失

 

脳腫瘍摘出手術後の合併症としては、髄液漏や髄膜炎が挙げられており、大後頭隆起付近の縫合部では髄液漏を起こしやすく、髄液漏が姑息的に処理して止まりにくいときは、髄膜炎や脳膿瘍に発展しやすいので、早急な処応が望まれるとされている。

 

また、MRSAが接触感染により発症するものであることは広く知られているところ、・・・同月22日以降、創部からの髄液漏があり、その際、被告病院には、患部を十分に消毒し、ガーセ等で患部を十分に被覆しガーセを固定すること等により、医療関係者又は第三者が患部や患部から漏出した髄液等に接触して発症するMRSA感染を防止するための適切な処置を講ずる義務があったにもかかわらず、これを怠り、患部を露出させたまま一時放置していたほか、患部の消毒や被覆について適切な処置を講じなかったため、Aは、MRSAによる化膿性髄膜炎に罹患したものと認められる。

 

したがって、被告病院にはMRSA感染について医療過誤の過失がある。

 

2、死亡との因果関係について

 

髄芽腫に対する化学療法等の施行は、創部に異常がなければ、腫瘍摘出後二週間以内に行うのが通常であるところ、被告病院は、AのMRSAの治療のため、化学療法の施行を延期せざるを得ず、その間に、Aの小脳の腫瘍は増大したもので、・・・腫瘍摘出手術後に残存・増大した腫瘍のくも膜下腔への播種の影響により、同月10日、全身症状が悪化して、死亡するに至ったものと認めるのが相当である。

 

これらの事実に、髄芽腫発症後の生存率等を総合すると、髄膜炎の合併による化学療法の開始の遅れがなければ、Aが平成8年3月10日を超えてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性があったと認められるから、被告病院は、Aの死亡につき、債務不履行責任及び不法行為責任を負う。

 

3、後段2の死亡との因果関係を認めた部分は、前回のテーマ「死亡時点における生存の可能性」でご紹介した判例に基づいた判断が示されています。

 

本件以前の医療過誤の裁判例では、感染防止の過失を否定するものが多かったようですが、本件で認められた一背景として、厚生省が平成4年3月に作成した「院内感染防止マニュアル」で、接触感染が院内感染の主原因であるとの観点を打ち出され、各病院等でMRSAに関するガイドラインが出来たこととの関連が指摘されています。そして、本件はMRSA感染予防のために病院が講ずべき義務を具体的に明らかにした裁判例として重要と評されています(大塚直「MRSAによる院内感染と患者の死亡との因果関係」別冊ジュリスト(No.183)170頁)。

 

もっとも、平成18年度の「医療機関における院内感染対策マニュアル作成のための手引き(案)」(平成18年度厚生労働科学研究費補助金(新興・再興感染症研究事業)「薬剤耐性菌等に関する研究」(H18−新興―11))によると、手術部位感染対策における手術創管理について、「一時閉鎖された手術創はガーゼで被覆するよりも、適切な保温、湿潤環境が維持できるフィルムドレッシング剤を用いる」とされています。

 

この予防対策の普及の程度によっては、ガーゼによる被覆を内容とする本判決の義務内容は、今後変更されうると考えられます。

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