No.011-埼玉医大総合医療センター事件判決

この医療過誤事件は、耳鼻喉頭科で滑膜肉腫と診断された当時16歳の女性に対し、術後化学療法(VAC療法)が実施されたところ、過剰投与により患者を死亡させた事件で、刑事事件になっています。
この医療過誤事件では、VAC療法を実施した担当医のみならず、指導医と科長(教授)も有罪とされました(さいたま地裁平成15年3月20日判決)。

 

一審判決で下された刑の内容は、

 

・担当医:禁錮2年、執行猶予3年
・指導医:罰金30万円
・科長(教授):罰金20万円

 

一番重かったのは、もちろん直接担当した医師ですが、指導医と科長にも罰金刑が下されています。担当医ではなかった指導医と科長は、この判決にいずれも不服で控訴したところ、逆に刑が重くなり、

 

・指導医:禁錮1年6月、執行猶予3年
・科長(教授):禁錮1年、執行猶予3年

 

となりました(東京高裁平成15年12月24日判決)。

 

これに対し、指導医はこの判決を受け入れましたが、科長は不服で最高裁に上告。最高裁はこの上告を棄却し、刑が確定しました(最高裁平成17年11月15日判決)。

 

滑膜肉腫とは、癌のような上皮様細胞成分と肉腫のような非上皮様細胞成分からなる悪性腫瘍で、若年成人の膝や股間接の近傍に発生することが多いそうです。なので、滑膜とは関係がないのですが、上皮細胞と非上皮細胞の2成分からなるという滑膜との組織学的類似性から、「滑膜肉腫」と呼ばれているそうです(紛らわしいですね…)。この事件の患者も発生した部位は、右顎下部だそうです。

 

また、「肉腫」と命名されているのも紛らわしいですよね。そもそも悪性腫瘍という概念は、癌と肉腫の上位概念で、上皮細胞にできるのを癌、非上皮細胞にできるのを肉腫と定義されているはずですから、この病気が癌と肉腫が混在したものとして表現できる病名のほうが分かりやすいですよね。

 

さて、この滑膜肉腫という病気ですが、腫瘍の発育自体は緩徐(ゆっくりしている)ですが、悪性度は高く、手術で摘出する場合も広範囲に及ぶそうです。発育が緩徐なことから、良性腫瘍と誤診されることもあるそうです。 

 

この医療過誤事件でなぜ薬剤の過剰投与が起こったのかというと、ちょっと驚くんですが、該当する薬のプロトコールを読み間違い、硫酸ビンクリスチンという薬を週に2mg投与すべきところを、毎日投与してしまったんですね。
1週間(7日間)に投与される薬を一日で投与されてしまったわけですから、ものすごい過剰投与ですよね。しかも、この事件では、そのミスが1回(1日)起こったわけではなく、7日連続で投与してしまったということです。

 

投与7日目にして、患者に強度の倦怠感、点状出血、血小板数減少、手の痺れなどの異常所見が現れたので、その後の投与を中止したそうなんですが、気づいた時期が遅かったようで、投与を中止した日の4日後に多臓器不全で死亡してしまいました。

 

そもそも一見初歩的とも思える、プロトコールの読み間違いがなぜ起こったのかというと、本件の症例を扱った病院の耳鼻喉頭科に、滑膜肉腫やVAC療法の臨床経験を持つ医師が存在していなかったことに端を発しています。
そして、VAC療法を実施した担当医師が、文献を調べてこの病気に投与する薬のプロトコールを見つけて、投薬量を誤読したわけです。したがって、担当医師の法的責任は問いやすいと思うんですが、問題は指導医と科長です。

 

プロトコールを発見して治療方針を決めた担当医師は、その旨を指導医と科長に伝えて了承を得た上で、VAC療法を実施しているんですね。でも、通常は、担当医がプロトコールを誤読している可能性まで想定することまで上司である指導医や科長に求められているとは考えにくいと思うんです。だって、担当医も医師なんですから、そんな誤読までかまっていられないという気持ちは理解できます。

 

それなのに、今回、指導医と科長も有罪とされ、しかも一審の罰金刑も覆り、禁錮刑が宣告されるという結果になったのは、この症例と治療方法について臨床経験がなかったことにあると思われます。
したがって、その病院の同科としては、もっと慎重な確認作業をすべきであるのにそれを怠った点を裁判所は重く見たのだと思われます。

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