体調が悪くなり、近所の診療所等に行ったときに、思いのほか深刻な疾患であることが疑われるケースもあります。そのような場合には、患者の疾患を正確に診断し、治療を行うことが可能である医療機関に送られることがあり、これを転医といいます。
医師が患者を転医させるべき状況があり、転医義務が認められるにもかかわらず、転医義務に違反した場合には過失が認定されます。また、転医の方法について注意義務違反が認められ、過失が認定されることもあります。
ここでは、転医義務について解説します。
転医義務とは、医師が自身の専門科目や設備等による制約により自ら必要な診療を行えない場合に、診療を行うことが可能な医療機関(高次医療機関)に患者を転送する義務のことです。これは、医療法1条の4第3項の規定が根拠とされています。
医療提供施設において診療に従事する医師及び歯科医師は、医療提供施設相互間の機能の分担及び業務の連携に資するため、必要に応じ、医療を受ける者を他の医療提供施設に紹介し、その診療に必要な限度において医療を受ける者の診療又は調剤に関する情報を他の医療提供施設において診療又は調剤に従事する医師若しくは歯科医師又は薬剤師に提供し、及びその他必要な措置を講ずるよう努めなければならない。
転医と転院という言葉は、厳密に使い分けられているわけではありませんが、転医は「(入)通院している医療機関を変えること」として使われることが多く、転院は「入院している医療機関を変えること」として使われることが多いようです。
・転医(転院)とセカンドオピニオンは明確に異なるものです。2つの違いは以下の通りです。
・転医(転院):治療を受ける医療機関を変えるもの
・セカンドオピニオン:他の医師の意見を聞くもの
セカンドオピニオンは、治療を受ける医師を変えるわけではありません。そのため、セカンドオピニオンを参考にしながら、現在の医師による診療を受けることになります。
転医義務が生じる場合として、患者の疾患が当該医療機関では診断や治療を行うのが困難な疾患であると疑われるときが挙げられます。具体的な病名がわからなかったとしても何らかの重篤な疾患であることが疑われる場合には、転医義務が生じる場合があります(最高裁 平成15年11月11日第3小法廷判決)。
また、転医の方法として、転医先への十分な情報提供を行っていなかった場合や、患者を安全かつ適切な方法で搬送する措置を講じていなかった場合に、注意義務違反が認められることがあります。
患者を転医させるときに、医師は患者の病状に応じて、転医先へ安全かつ迅速に送り届ける注意義務を負います。そのため、患者の病状が急激に悪化する予見可能性があるのに、適切な措置を行えない状態で搬送した場合には、注意義務違反であると認定されることがあります。
【静岡地方裁判所沼津支部 平成5年12月1日判決】
呼吸困難を訴えて来院した患者について、症状の進行が急激であったことから肺水腫等の重篤な疾患を疑い、転医の判断をした上、救急車ではなく患者家族の車で救急センターへ搬送したが、救急センター到着時に患者の自発呼吸がなくなり、その後死亡した事案です。
裁判所は、医師に呼吸、脈拍、血圧、体温、意識状態などのバイタルサインの把握をなさず、患者の重症度判断や緊急度の判定をしなかった注意義務違反を認め、この注意義務を尽くしていれば、医師は患者が搬送中呼吸困難の急激な進行により窒息状態に陥ることが予見できたと認定しました。そして、救急車であれば気道確保・気管内挿管が可能であるから、搬送には救急車を利用した上、臨機応変に気道確保の措置が取れるよう準備し、患者に付き添って解除すべきであったのにこれを怠った過失があるとして、逸失利益4400万5613円、患者自身の慰謝料1400万円、患者の妻固有の慰謝料500万円、その2人の子固有の慰謝料各150万円等、合計およそ7300万円の請求を認容しました。